佐賀県 天山へ

8月28日(日) 4時22分起床。
のどかさん、かずさんからのお誘いで佐賀県の天山(1046m)へ
天山は雪が多かった2月6日以来です。
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登り口は上宮駐車場より。
ここからだと、すでにけっこう標高が高いです。
最近は標高100~200mからの低山歩きが続いていたので、小さな虫がまとわりつかない山歩き、そして好天のお天道様の日差しをもろに浴びながらの山歩きも久し振りでした。
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途中、雨山というところに登りました。
ここは初めて。
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山頂では久し振りに、お母ちゃんとマッスルさんに遭遇。
お久し振りでしたね。
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頂上付近にはマツムシソウが・・・
いつの間にか、もう秋も近付いてきているんですね。
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道草隊も忙しい(笑)
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もうすぐで暑かった夏も終わるんですよねえ。

今日は、久し振りに雄大な山歩きを楽しんだような気がします。
でかい山はやはりいいねえ。
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帰りは三瀬峠の怪しいうどん屋さんへ。
タッチーさんからおいしいとの情報が。
福岡側からの263号、旧道入口と有料との境目にある、怪しいカステラ屋と並んでいる怪しいうどん屋さんです。
普段、何気なく通り過ぎていませんか?
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風来坊さん、うどんを食す!
本当は三瀬の風羅坊で盛りそばの食事の予定でしたが、満員で入れずに食べれませんでした。

その時の画像と題名もすでに決まっていたんだけど・・・
風来坊、風羅坊で盛りそばを食す!(笑)残念でした。
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ここのうどんは博多うどんと讃岐うどんを選べます。
私は博多うどんです。
今度からわざわざ博多駅の因幡うどんや、かろのうろんに行かなくても、博多うどんが食べれそうです。
海老のかき揚げ(桜エビ)はおいしかったですよ。
480円。
博多うどんが食べたくなったら、また来ます。
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のんびりした楽しい山歩きでした。
天山は真夏真冬が多いような気がするのは気のせい(笑)
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山歩きメモ
5km弱の山歩きでした。
悟空さん、標高の高い登山口からでの出発だと、もう小さな虫もいませんよ(笑)
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by katuyamak | 2011-08-28 16:41 | 山歩き | Comments(9)

偉人・人物を訪ねる旅① 伊藤伝右衛門・柳原白蓮

風来坊さんと福岡県飯塚市の伊藤伝右衛門邸を訪問したのは今年の5月。2度目の訪問です。
通常、観光名所の2回目をすぐに再訪する事なんて、滅多にありません。
でもこの伊藤伝右衛門邸はそれだけ魅力ある場所だったんです。
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旧伊藤伝右衛門邸 福岡県飯塚市幸袋300番地
入館料300円 火・水が休館
開館時間 9:30~17:00 
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庭の手入れをするだけで、年間1千万円の保守料がかかっているらしい。
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伊藤伝右衛門
いとうでんえもん
筑豊の炭坑王 1860-1947
父 伝六の目明しの子として生まれる。
伝六が炭坑で財をなすまで、とても貧乏だった。
夏には蚊帳がなく、蚊帳は質屋から出せずにいたらしい。
寺小屋も貧乏で行けず、伝右衛門は文盲だったらしい。
魚売り、卵売り、西南戦争の軍夫、遠賀川の船頭等を経験。

西南戦争が終わり、伝六が炭坑の仕事をするようになり伊藤親子に運が向いてくる。
伝右衛門35歳 日清戦争始まる
経営者の松本潜と実質的な経営者の中野徳次郎と伊藤伝六の伊岐須炭坑を八幡村の製鉄所が買い上げた。
当時の価格で130万円を松本潜は大半を中野と伊藤に分配する。

父伝六が61歳で亡くなると、ここから息子 伊藤伝右衛門の登場40歳。
44歳 衆議院議員当選
45歳 日露戦争始まる~好景気に沸く
55歳 第一次世界大戦

明治43年最初の妻ハルが病死。この9ケ月後に再婚
伊藤伝右衛門52歳。
柳原燁子(あきこ 歌人の雅号で白蓮)27歳 大正三美人の一人

筑豊の炭坑王が伯爵令嬢と結婚する。
この時、この結婚は地元筑豊では驚きと騒ぎ。同じく東京でも大ニュースとなる。

ただしこの結婚は、燁子の兄・義光の貴族院議員出馬資金調達と伝右衛門側の名門との結びつきを求める利害が一致してのものであった。

ここから10年間。伊藤伝右衛門邸の中で筑紫の女王 燁子はカゴの中の鳥になってしまう。
伊藤家の中も複雑で父の妾の子や伝右衛門の妾に妾の子も多数同居していた。
伝右衛門を挟んで妾と一緒に蒲団を並べて寝た事もあったらしい。

伊藤伝右衛門邸の中で燁子は悶々とした日々を過ごしていたんだろう。
当時の燁子さんの毎月のお小遣いが月 500円(現在の月500万円)
に溺れずにお金をとらず、最後は恋を選んだ。

10年後、新聞記者 宮崎龍介と恋仲となり、伊藤邸を逃げ出す。

ここからがこの燁子の凄いところ。
二人で逃げて姿をくらますだけではなかった。
大阪朝日新聞の夕刊に公開絶縁状をたたきつける。

要約すれば 「あなたは最低の夫です」みたいな事をいろいろ書いてある内容。

当時の女性からすれば考えられない大胆な行動。
当時は、そうしなければもう逃げられないと思っていたのかもしれない。


この大胆な行動は後で燁子とその親族を苦しめる結果となる。
兄は貴族院を辞職。白蓮は男児を出産後(宮崎龍介との子)、尼寺に幽閉の身となる。
男尊女卑のこの時代、新聞を通しての絶縁状の公開は大きな社会的反響を呼び、当時の世論は白蓮を激しく非難する声で満ちた。
それでもやがて、宮崎龍介と幸せに暮らす事になる。

私はここから後の行動が伊藤伝右衛門の男らしい素晴らしいところと思っている。
伊藤伝右衛門は二人に対して、姦通罪で訴える事もしなかったし、言い訳もあえてしなかった。
また再々婚するまで、こっそり仕送りもしてあげていたらしい。
新聞に嫁さんから、恥ずかしい公開絶縁状をたたきつけられて、そんな行動が出来るだろうか?

最初に伊藤伝右衛門邸を訪問した時は、私も当時は白蓮さんに同情した記憶がある。
伊藤伝右衛門邸を訪問される女性もほとんどが白蓮さんの味方だろうと思う。
白蓮さんが暮らしていた2階の部屋で泣いておられた観光客の年配の女性を見た。
きっと白蓮さんのつらい時期をいろいろと想像されて、おもわず涙されたんだろうと思った。


でも2回目に伊藤邸を訪問した時に思ったのは、伝右衛門さんも相当にいろんな面を我慢していたんじゃないだろうかと思うように変わってきた。

ただ言える事は子供時代は、貧乏生活で、炭坑夫から成り上がった伝右衛門さんと、伯爵令嬢で教養あるお嬢様の白蓮さんとの夫婦生活はまったくかみ合わなかった事。

そしてその冷え切った10年間の夫婦生活を送った伊藤伝右衛門邸が今も昔の面影を残したまま、平成の今も飯塚市の素晴らしい観光名所として残っている事。

ここに歴史のおもしろさを感じるのです。
当時の人達はスケールが違いますね。

伊藤伝右衛門さんは地元にもたくさん寄付をしてある。
地元のみんなに好かれるスケールのでかい人だったと思う。
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炭坑王の本の最後に書かれてある内容が、二人の事をよく表現してある。

「白蓮は姦通罪をモノともせずに恋人のもとへ走った勇気ある近代女性として、伝右衛門は逃げる女をきっぱり見切った潔い川筋男として、軍配はともに勝者なり。」

伊藤伝右衛門 昭和22年  数え88歳で天寿を全う
柳原白蓮   昭和42年    81歳で死去。
晩年は緑内障で両眼失明するが、龍介の介護のもと歌を詠みつつ平穏で穏やか       な幸せな生涯を閉じる。

離婚しても二人は、明治、大正、昭和の時代を精一杯生き抜いた。

参考資料
炭坑王  宮田昭
Wikipedia 伊藤伝右衛門、柳原白蓮。


 
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by katuyamak | 2011-08-22 05:56 | 歴史・偉人・人物館の旅 | Comments(6)

傘持参で近場の片縄山へ

8月21日(日) 
昨晩は21時半に寝て、4時半起床のしっかり熟睡の7時間睡眠(笑)
本日は遠出の山歩きの予定だったが、前日に中止決定。
朝から午前中いっぱい土、日と勉強&読書&休憩してうたた寝とほぼ6時間~7時間位そんな事をしてのんびり過ごす。

土曜日は午後からも図書館に行き、本を読み、疲れたらうたた寝。
冷房も効いてて、堅い椅子だし、本を読むのにベストの環境が揃っている。

そう言えばここ10年位読書はしていたが、こんなに読書が楽しいと思うようになれたのは、つい最近だ。

何事もなく、小さな平凡で静かな、穏やかな生活が出来る事が、実は一番の贅沢な事なのかもしれない。

さて、日曜日、朝の雨も止み、4月3日以来、久し振りに那珂川町の片縄山(292m)に傘を持参で登ってみる。
雨が降ってきたら、傘をさしてそのまま登れる山だ。
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12時45分。山歩き開始。
暑い。やはり200m程度の低山。今日は雨が降って涼しいかと思いきやとんでもない。
雨が降ってないので、妙に蒸し暑い。
小さな虫も顔のまわりに飛んでいる。

登りで猿を2匹見た。
尾根を登って、人間を見て急いで逃げていたが、ハッキリ見たのはこれで2度目かな。
ここには猿がいるんだなあと初めて知る。
いつもは登り37分程度の登りが今日は暑さで42分かかる。
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頂上にも虫がいろいろ飛んでて、接近して来るのですぐに下山。
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往復、通常は年配の方に多く会う山だが誰にも会わなかった。
一番暑い時間帯だったからだろうな。

やはり今の時期の超低山は暑いです。
でもいいリフレッシュになりました。

土、日と私にとっては、静かで穏やかで満ち足りた贅沢な充実した週末であった。

今日の山歩きは軽めなので 0.5回でカウント。
今年の山歩きはこれで37回目。
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by katuyamak | 2011-08-21 20:33 | 山歩き | Comments(11)

滝にうたれました(笑) 堤谷~仏頂山~宝満山

8月16日(火) 4時半起床。
今日で4日間のお盆休みも終わりです。
明日からまた通常業務の仕事が待ち受けてます。

最終日の今日は、風来坊さんと二人で裏宝満の堤谷ルート経由仏頂山~宝満山と8月の汗が噴き出る山歩きを楽しんできました。

そして念願の滝に打たれて汚れた体を清める事ができました(笑)
昨日は福岡地方も久し振りに雨が降りましたが、まだまだ足りません。

8月16日 本日の一の滝の画像。水量が少ないのがわかります。
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7月31日 一の滝の画像
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7月10日 一の滝の画像
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風来坊さんと歩いた本日の堤谷ルートは朝は薄暗く、恐いくらいでした。
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途中、久し振りにマムシ君を見ました。
マムシの方から逃げてくれたからよかったです。
じっとして、とぐろを巻いて動かない奴が一番怖い。
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登りだして、どれくらい経ったでしょうか。
お目当ての場所に来ました。
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ここで素っ裸になる(笑)
人が来たらいかんので、一応水着着用。
(画像は風来坊さんより借用)
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滝にうたれました。
(画像は風来坊さんより借用)
水量は少ないですが、滝の圧力というのか、呼吸がうまくできません。
すぐ苦しくなる。
何かコツがあるかもしれません。
水は冷たかったが、とても気持ちよかったです。
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風来坊さんは私に遠慮されたのか、私からのマル秘画像を恐れたのか(笑)
頭に水をかぶるだけで脱がれませんでした。
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あとはここから金の水~普池の窟経由仏頂山~宝満山へ

堤谷ルートはこの夏3度目ですが、何度来てもいいですね。
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朝7時くらいからのお盆休みの4時間の夏の山歩き。
楽しい時間でしたが、やはり夏のせいか登り終えて自宅に帰るとぐったり疲れてました。

夏の山歩きは自分が思った以上に体力を消耗しているようです。
自宅に帰ってからも、体が水分をやけに欲しがっているのがわかりました。
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最後は替え玉で締め。
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楽しい山歩きでしたねえ。
風来坊さん、お付き合いありがとうございました。
今までとイメージの違う、正面道からだけではわからない、宝満山の霊山、修行の場としての違った山の姿を見れたかもしれませんね。
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by katuyamak | 2011-08-16 21:42 | 山歩き | Comments(10)

偉人、人物館を訪ねる旅を計画

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久垣啓一さんの「遅咲き偉人伝」の本を読んでます。
まだすべて読み終えてませんが、この本のまえがきでの言葉に啓示を受けました。

久垣さんが、人物記念館の旅をして、丸六年すでに400館近く日本全国を旅されてまわってあるらしい。

日本全国に400館もあるって楽しそうだなあ。
早速、九州で調べてみると

北原白秋記念館(福岡 柳川)
佐野常民記念館(佐賀 佐賀市川副町)
古賀政男記念館(福岡 大川市)
村田英雄記念館(佐賀県唐津市)
野上弥生子文学記念館(大分 臼杵市)
永井 隆記念館(長崎 長崎市)
他~
これに生家や記念碑、邸宅とか入れるとけっこう楽しめます。
私らしくこの人物館、生家、記念碑、を訪ねる前に、

①予習としてその偉人の伝記、小説、記録の本等を必ず読んでおく。
②訪問する当日の午前中は、その付近の地元の低山に登る。
③当日の午後から記念館、記念碑を訪ねる。

という流れで進めていきたいと思います。
こうすれば、低山歩きも人物館巡りの旅も両方楽しむ事が出来ます。

ちなみに私が過去数カ月訪問したところは
1.福岡県飯塚市 伊藤伝衛門邸(筑豊の炭坑王)
2.佐賀県神埼市 下村湖人生家(次郎物語作者)

の2つだけです(笑)

これから3人目、4人目と月 1回程度の、のんびりしたペースで訪問したいと思ってます。
前もって伝記、本を読んでおかないといけないので、これ位のペースがちょうどいいでしょう。

3人目は9月に佐賀の低山と佐野常民記念館を予定してます。
そこで早速、図書館より佐野常民さんが主役の「火城」を借りてきたのですが、ページ数が350ページの大作。
とてもおもしろい本なのですが、80ページ読むだけで3時間位かかってます。
簿記の勉強もあるし、9月までに読めるのか、少々心配になってきました(笑)
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大分 臼杵市 野上弥生子文学記念館にもいずれ訪問しますので、うすきさん、よろしくお願い致します。
(臼杵の山はどこがいいでしょうか)


またよかったら、九州の偉人の人物館、生家、旧宅等の情報をお持ちの方は是非、私宛で教えてください。
できたらその偉人に関する伝記、小説、本、CD、映画等があれば最高です。
(京都に美空ひばり館、北海道小樽に石原裕次郎記念館とかもあるんですね)
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by katuyamak | 2011-08-16 19:00 | Comments(6)

なんとなく佐賀県の 最低?を目指す

8月7日(日)
4時半起床。
昨日からなぜか、勉強、読書が熱心に進み、今日の山歩きもなぜかやる気が出て来ない。
勉強するのか?読書するのか?山歩きするのか?佐賀の観光をするのか?
何をするにも中途半端に終わってしまった一日だった気がする。
ただ時間だけはアッという間に過ぎた。


昨日2冊半の本を読み、今日も中途半端に「次郎物語」を途中まで読んで自宅発。
「次郎物語」を読んだのは佐賀の下村湖人さんの生家を訪ねる為だ。
自宅は10時頃に出た。
扇風機だけでは、暑くて自宅でも読書も出来なくなってきたからだ。
エアコンつければいいが、そうなるとどこにも行きたくなくなる。
曲がりなりにも毎週の山歩きを続けているので、ここで止める訳にもいかない。

まずは12時頃。太陽も上にあり、一番暑い頃になぜか佐賀県神埼町横武のクリーク公園へ。
先週読んだ「どがんね」古賀常次郎伝に出てくるクリークがいかなるものか?見たかった為。
うーん、なるほどこれがクリーク(ほり)か。
このクリークでうなぎやすっぽん等を捕ってあったと書いてあった。
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とにかく暑いので、公園内のこの家の中に逃げ込む。
風が吹き抜けてとても涼しい。
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せっかく日頃は来ない神埼市に寄ったので、そうめんを食べようとお店を探す。
この神埼宿場茶屋でそうめん(350円)をいただく。
ただこのそうめんを食べるだけの為に、この茶屋とそうめんの出来上がりまで20分近くを要して、かれこれ90分ほどロスをしてしまった。
じいちゃん、ばあちゃんのお店だったので、とてものんびりしていたのだが、ここであるお店の出来事で書きたい事があったが、ブログなので止めておこう。
そうめんはおいしかったです。
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さてそうめんを食べ終わって、13時半。まだこの時点で登山口にも着いてないし、山にも登っていない。

途中、本物のクリークとあちこちで出会う。
こんな感じ。
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そしてここから下村湖人さんの生家へと足を運ぶ。
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昭和16年 「次郎物語」を雑誌に連載されたのが52歳からだったらしい。
私とほぼ同じ頃だ。
下村湖人生家を出たのが14時過ぎ。
山にはまだ登らない。
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次に訪れたのが日本最低標高の一等三角点のある場所。
佐賀県川副町 大詫間 △2.28m(笑)
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この日本最低標高の大詫間を出たのが15時過ぎ。
ここで初めて、今日の山歩きは無理かもしれないと気がつきはじめた(遅い)
しかしとりあえず登山口を目指す。
16時半。
到着したのは小城公園。
ここに佐賀県最低峰 「桜ケ岡」41mがあるらしい。
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あわてて登山開始。
しかし登山開始から5分でもう着いたみたい(笑)
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三角点はないようだったし、山頂のプレートもなかった。
山頂は墓だらけだった。
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今日は一体、自分が何をしたかったのか?
すべてが中途半端だったような気がする。
しかし一人でドライブした距離は福岡から佐賀をグルッと周回して200kmを越えている。
まあ、たまにはこんな日もあっていいだろう。
また、たまには一年の中で、山登りをしたくない日もあっていいだろうと思う。

今日は疲れてしまったが、山までの行程、労力はけっこう使ってしまったので
たった5分程度ではあるけれど、あくまで1回にこだわってみたい。

来週は山は朝から登ります。
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by katuyamak | 2011-08-07 21:44 | Comments(17)

◆2011年 歴史・人物・人物館の旅

■その11回■ 横井小楠記念館 ・12月25日(日)
     ・熊本市 青春18きっぷを使って。

■その10回■ ド・ロ神父記念館・12月23日(金)
     ・長崎県 初めてド・ロ神父の事を知る


■その 9回■遠藤周作文学館・12月23日(金)
     ・長崎県タクさん、平六さん、そよかぜさんと。「沈黙」の小説は自分には衝撃的。

■その 8回■ シーボルト記念館 ・12月18日(日)
     ・長崎市 青春18きっぷを使って。本は児童書「発覚、シーボルト事件」


■その 7回■ 永井隆記念館 ・12月18日(日)
     ・長崎市 青春18きっぷを使って。1時間以上、ゆっくりと見学。
      本は児童書と「この子を残して」


■その 6回■ 双葉山生家跡 ・12月11日(日)
     ・大分県中津市 青春18きっぷを使って。天津駅から歩く。


■その 5回■ 福澤諭吉旧居 ・12月11日(日)
     ・大分県中津市 青春18きっぷを使って。中津城も見学。
      本は児童書で福澤諭吉2冊と電車の中で「福翁自伝」「学問のすすめ」

■その 4回■ 美空ひばり座 ・9月
      ・住所 京都市右京区嵯峨天龍寺すすきの馬場町3-25
  参考 美空ひばりは鶴だった。美空ひばりプライベート写真集。
       映画「悲しき口笛」、「東京キッド」

■その 3回■ 佐野常民 ・9月
     ・佐賀県 本は「火城」

■その 2回■ 下村湖人生家 ・8月
      ・参考 佐賀県神埼市千代田町 下村湖人生家・本 次郎物語

■その 1回■ 伊藤伝右衛門・柳原白蓮 ・5月
      ・参考 福岡県飯塚市 伊藤伝右衛門邸・本 炭坑王

■はじめに■ その経緯 ・8月
      ・参考 遅咲き偉人伝
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by katuyamak | 2011-08-05 05:27 | 歴史・偉人・人物館の旅 | Comments(0)

読書~山歩き~読書~映画  堤谷より宝満山

7月31日(日)
5時10分起床。
朝から堤谷ルートより宝満山に登る予定だったが、昨日夜から読み始めた古賀常次郎さんの伝記にハマり朝1時間程かかって、読み終えてから登山口に向かう。
本当は朝7時頃から出発したかったが、堤谷の登山口を8時50分頃の出発。
今日も暑くなりそうだ。
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前回7月10日に堤谷ルートを登った時は、前日の雨?か滝と沢の水量が多く、登山道も全体的に濡れていて、歩きにくかったが、今回は登山道はカラカラで滝の水量も少ない。
7月31日の一の滝の画像
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前回7月10日の一の滝の画像。
全然違いますね。
前回は歩いていて、沢の水の量が多く、恐いくらいだったのを覚えている。
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この滝の下で素っ裸になって、一度、滝にうたれてみようかと真剣に考えてます。
汚れた心や欲望を滝が洗い流してくれるでしょうか(笑)
でも登山道だし、女性がここを登ってこられても困りますねえ。
このオッサン何してんのと思われても困るし・・・
水着持参しますか。
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今日は沢沿いじゃなかったら、たまらんあえぐような暑さです。
夏ですねえ。
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登り1時間程で、やっとこさ百日絶食の碑へ
今日は暑いし、もうここからシラハケ尾根を下って下山しようかと思いました。
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しかしつい宝満山までやはり登ってきます。
人が多く、閉口してしまうんですけどね。
山と向き合って、単独で静かに登ってきたのが嘘のように人が多い。
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下りは大谷尾根を下山。
yamamenさんは、ここを左に下山されたと思いますが、実はここから200mほど先のところから左に大谷尾根を下ると登山道がなだらかなので、ゆっくり下れます。
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登り、下りで3時間15分かかりました。
登りでは、暑さで苦しくてゆっくり登る事を心がける。

この後、また古賀常次郎さんの伝記をもう1冊読み、夕方18時から
「SUPER8」というスピルバーグの映画を鑑賞。
映画の無料券が7月末までの為、久し振りにスクリーンへ。

土曜日は2週続きでフルに出勤したし、日曜日は、読書~山~読書~映画というスケジュールになり、体がゆっくり休めず疲れました。
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by katuyamak | 2011-08-01 05:49 | 山歩き | Comments(11)