親孝行

もう1年近く入院している88歳の母がいる。
つい最近までは、お見舞いも2週間に一度か3週間に一度しか行ってなかった。
彼女に何かしてやれないか考えていて突然閃いた。

実はある本を読んでいてその相手が喜ぶ事、してほしい事を考えなさい、イメージして見なさいみたいな事を書いていた本からヒントを得た。

9インチのポータブルDVDである。
c0077338_82646100.jpg
よちよち歩き程度しか出来ない母の趣味は病院のテレビ、新聞、雑誌を見る事くらいである。
テレビはリースで確か12時間1000円のテレビカードみたいのを買ってみている。
節約してなるべく、見ないようにしているらしいが、それでもする事がないので、月に5000円以上は見てしまうらしい。

このDVDプレーヤーを買ってあげたらどうだろうか?
家電売り場で突然閃いたのである。
まず病院に確認。
DVDプレーヤーを見るのは構わない。ただし月に1500円(一日50円)電気代をいただきますとの事。
内臓でテレビも見れるがこれはダメとの事。
テレビはダメだけど、DVDプレーヤーならいいらしい。

早速、35000円で購入。実は私の出費で痛かったんだけど001.gif
外国製はまだ安かったが、日本製を買ってあげたかった。

それから私が持っているDVDのダビングしたのを渡して、母にやったんだけど、悲しいかな。
簡単な操作を説明するんだけど、まったく理解できない様子?
ここまで年とってしまったのか?と悲しくなってしまった。

とにかく一番簡単な操作方法だけ教えてその日は帰った。
それから母はインターホンで看護師さんを何度も呼びだし、DVDの操作方法を何度も聞きまくったらしい。
それを何回も何回もしたらしいが(笑)

それから私は毎週、日曜に顔を見せるようになった。
驚いた。
合うたびに元気になってきているんだ。
少々、ボケかけていたのが、脳が活性化されたせいか直ってきている。
あの映画のあの役者、女優の名前も言って、あの映画はよかった。とか言ってくれる。
私はただそうね。そうね。と聞いてあげるだけでよかった。

今まで、お見舞いに言っても男だと話す事がないので、適当に話していて帰ってたけど今は話題がある。
もともと映画は大好きな人である。
そういえば、彼女に連れられて博多駅や、清川の「ゆには」という名前だったか?高倉健とかのやくざ映画を見に行った記憶がある。
家のテレビでもいつも日曜洋画劇場を観ていた。

そのうち、「冬のソナタ」をまた見たいと言い出した。
なんでも韓国の純愛モノは日本と違って、実にいいらしい。
会社の先輩の奥さんで好きな人がいる事がわかって、全巻ダビングしたのを2ヶ月ほどお借りすることにした。

「冬のソナタ」を母に渡したら、なんと全巻を1週間で2度見たらしい(笑)

今度は、また「サウンド・オブ・ミュージック」がまた見たいと言い出した。
完全日本語版があったので、今日は、それをダビングしてまた持っていってあげる予定である。

彼女はとても苦労した人である。
大正 9年生まれで、結婚は2度目で最初の夫とは死別で連れ子(私の姉)を連れて私の父(もう死んでるけど)と2度目の結婚をした。
昔は今のようにシングルマザーとかの時代ではないので、そうしなければ生きられない時代だったと思う。
もう死んでしまったけど、私の父は大変な道楽者だったようだ。
春吉の大工の2代目で当時はお弟子さん達もたくさん抱えていたらしい。
ところがあの戦争ですべてを失った。
母は春吉で福岡大空襲を経験した生き証人でもある。
父は戦後、すべてを失ってから立ち直らず、死ぬまでギャンブルばかりして働かなかった。
腕はよかったらしいが、人の下で働く事をよしとしなかったらしい。
変な意味で頑固な明治の人だったようだ。
典型的な2代目馬鹿社長、坊ちゃんだったようだ。
年の離れた上の姉、兄二人、私と6人は大変な貧乏をした。
私は兄二人が中学卒業してすぐに働きだしたので、そう貧乏は経験していない。

私を生んだ昭和34年の時が、最悪の貧乏の頃だったらしくまともな食事がとれなかった頃の39歳の高齢出産で病院に向かうタクシーの中で大量出血でその時に母は死にかけたらしい。
その時、光が差して観音様がピカーと光ったのが見えて助かったとたまに話してくれた。

大黒柱の男が働かないとその家族は悲惨である。
母は食堂の賄いや、最後は掃除の仕事を70過ぎまで仕事していた。
おそらく大正生まれ、昭和初期に生まれた人はみんな苦労しているはずだ。

そんな母だけど、会って昔の話もまったくしないが、今は毎週、レンタルDVDが半額の時にダビングしてそれを彼女に渡してあげるのが私の楽しみになってきた。

そうやって、毎週通って、病院に行ってあげる事が何よりの親孝行かもしれない。
さて、次は何を借りてあげようか?何が喜ぶだろうか?そうやってレンタルDVDを眺めている最近の私である。

もしよかったら、どなたか韓流のDVD作品で長い期間でも貸してあげてもいいよって方がおられたら声をかけていただけるとありがたいです。
[PR]

by katuyamak | 2009-11-01 08:26 | Comments(8)

Commented by のどか at 2009-11-01 12:49 x
こんにちは
>親孝行
山での気遣いといい、肉まんさんのお人柄が伝わってきます。^^

先日の三俣山はお世話になりました。
素晴らしい紅葉でしたね!
まだしばらくは、余韻が消えそうにありません。

>50肩
一足お先に経験いたしました。(笑)
なんともいいようのない激痛に襲われ、
痛み止めの注射を何度もうってもらいましたよ。
由布山麓では、激痛のあまりカメラを放り投げたこともありましたからね。(^^;)
まだ完治ではありませんが、
4年経った今、やっと日常生活への支障がなくなってきました。
気長~に治してくださいね。
Commented by ミーコ at 2009-11-02 11:15 x
お早うございます、昨日『のどかさん』が掲示板へ訪問して下さいました。
又何処かの山でお逢いしたい出来たら良いですね。
五十肩・・・私は四十肩で数年苦しみました、左肩がようやく直ったら右肩へ・・・数年して五十肩になり掛けましたが酷くならずすみましたがとにかく激痛が続き夜も眠れず大変な3~4年間でした。お大事に!
Commented by GEN at 2009-11-02 22:59 x
こんばんは
うちのお袋ももう、2年くらい入院しています。
一度自宅療養をしていたんですが・・・・余りにも義姉の負担が大きすぎるし、再び入院療養に励んでいるようです。
もっと見舞いに行ってやれば良いのですが、2週間に一度くらいしか出かけません。出かけても私の子供の時の話をしながら、「もう、死にたい」と涙ぐんでいる姿が見たくなくて、ついつい足が遠のいているのでしょう。
「親孝行をしたいときには親なし」・・・
何が親孝行か、何を喜んでくれるかを探しています。

そして50肩です。
↑のミーコさんと同じく、右肩で3年、それが良くなったと思ったら、今度は左肩で2年半、と、辛い思いをしてきました。
山で下山中に枝も肩が痛くて掴めない時がありました。
で、ある日、ある日突然なんの前触れも無く痛みがなくなっていました(笑)
Commented by 肉まん at 2009-11-03 07:47 x
のどかさん、おはようございます。
五十肩のせいかうまくキーボードが叩けません(笑)
毎日痛み止めを飲まないとうずいて痛いです。
いや~たまらんもんですねえ。
Commented by 肉まん at 2009-11-03 07:49 x
ミ~コさんおはようございます。
交互に来るとたまらんですねえ。
先日は絶景スポットの案内ありがとうございました。
Commented by 肉まん at 2009-11-03 07:53 x
GENさん、おはようございます。
親の老化は昔を考えると信じられません。
あんなに元気だったのに・・・・
苦手な時間ですが、見舞いに行って話しを聞いてあげるのが一番嬉しいのかもしれませんね。
肩はちょっとたまらんです。
シャツもうまく脱げないし、これは経験した人じゃないとわからんでしょうねえ。
Commented by きのこ at 2009-11-03 17:07 x
博多の肉まんさん こんにちは~*

そちらも、お母様が年を取って、昔の元気な頃からすると信じられないことがあるのではないでしょうか。
自分も年を取って行きますがまだまだ元気で、親にもしゃんと元気にいて欲しい、何時までも強く元気な気がしているのに、いつの間にか思ったより色んな事が出来なくなっていて、それを見たくない自分が居る(無意識に)・・・きのこにもこんな葛藤がいつもありましたが、いつの間にか4人いた両親が10年間で、今はたった一人になりました。

○○次さんは母親のお見舞いに行って、息子の名前が出なくなった母親と一緒に歌っていました。

肉まんさんのお母様は映画を見て、肉まんさんと話をされるのが嬉しいでしょうね~♪
私も母親なので、喜びが痛いほど分かります。

五十肩、来ましたですね~、痛いですね~きっとなおりますからお大事にしてください。
Commented by katuyamak at 2009-11-04 10:53
きのこさん、こんにちは~
ほんとに親が元気な姿しか知らなかったので、今の姿がうそのようです。
私もこれからもっと、こまめに病院に足を運びたいと思います。
五十肩、ハイ。来ました。